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第五話。最終話です。
前回切りのいいトコロが、たまたまあそこだった。
註:強調したい箇所の上に「、」の代わりに、その部分を太字にしています。
解決編だから、多用してるぜ☆ ・・・・・・orz
前回切りのいいトコロが、たまたまあそこだった。
註:強調したい箇所の上に「、」の代わりに、その部分を太字にしています。
解決編だから、多用してるぜ☆ ・・・・・・orz
「今、このタイミングで犯人が現れてなきゃいいですけどね・・・」
エレベーターの中で、新八がため息をついたが、不思議なもので、そう云う時に限って現れるのである。
吉原に辿り着いた二人が目にしたのは、大勢の人々が通りに出てきており、遠巻きに何かを見ている光景だった。その視線の先を追うと、縄でぐるぐるに縛った若い男を月詠が引きずりながら、こちらに歩いて来るところだった。
「オイ、月――」
呼びかけようとしたが、月詠の顔を見て、体が凍りついた。
緩く弧を描く眉、きつく結ばれた唇。普段より少し細められた目の中のふたつの双眸は、無感情そうに見えて奥で鋭さが見え隠れしている。疲労が溜まって青白くなった顔色は凄味三割増だ。無表情のようにも柳眉を逆立てているようにも見える違和感が、心をざわりと撫で、落ち着かなくさせる。それでまた、全身から狂気に近しい殺気と怒気を刺々しく立ち上らせているのが不思議と視認出来るのだ。あれが己に向けられたら死ぬ、と誰もが何故か確信を持って月詠を目で追っている。そんなに怖いのなら目を逸らせばよいのだが、視線を掌握されたかのように、外すことが出来ない。改めて百華の頭・死神太夫の恐ろしさを認識しながら、皆は月詠を凝視していた。
「何アレェェェェェェ!? あれなら般若の方が優しい顔してるよ!! もうアレ死神じゃないよ! 閻魔が自ら魂取りに地獄から出てきてるよ! 百華のヤツらもめっちゃ引いてるよォォォォ!!」
叫ぶ銀時の横で、新八が顔を引きつらせて絶句している。
ただただ前を見据えて、失神した若い男をひきずり回す百華の頭の姿に、誰もが圧倒され言葉を失い、目の前を通り過ぎるのを見送っていた。
「しかも、女じゃねーし! 男じゃん! 俺間違ってたの?」
「解りません」新八は割と冷静だ。「とにかく、付いてってみましょう」
二人の他にも、何だ何だと月詠の後を付いて行く者たちがそこそこいた。但し、距離は結構取っているが。
野次馬が段々と増えて、人だかりになってきた頃、吉原の中心で月詠はようやく足を止めた。
縄をぽいっと放り投げる。
引きずられていた若い男は、砂塵で薄汚れ、着物がボロボロになり、擦り傷を沢山拵えている。元々剥き出しの顔や手足は皮膚がずるりと剥けていた。
月詠は表情がない故冷たく感じる顔を、群集に向けた。
「――皆のもの」
大きな声を張り上げている訳でもないのに、月詠の声はよく響き渡った。
「ここしばらく吉原の女を次々手にかけていた下手人は、こうして捕まえんした」
事件を知っていた者も、知らない者も、傍の人間と顔を見合わせる。
「時間がかかって済まなかった。じゃが、こうして捕えた。もう大丈夫じゃ」
わっと歓声があがる。
それで、ようやく月詠はふっと表情を緩めた。哀しさ混じりに。
「頭。では、この男は・・・」
「万事屋!」
傍らに膝を付いた部下ではなく、人ごみに紛れていた銀時と新八に声をかけた。
「おるんじゃろう?」
指名されて、おずおすと前まで出る。
「依頼じゃ。――この男を地上に連れて行きなんし」
「頭ッ!?」
吉原を荒らした者は処罰してきた。吉原の住人を次々殺した若い男を、何もせずに放り出すなど、前例がなければ、示しもつかない。
何故と問う百華、野次馬たちに、月詠は凛と答える。
「この男は、地上でも事件を起こしておる。ここで手を下したいのは山々じゃが、それでは地上で幼い娘を持つ親たちがいつまで経っても安心できん。地上での事件も、下手人が捕まった、と知らせて安心させるべきじゃ」
「・・・・・」
「月詠さん・・・」
「頭・・・」
月詠は「それに」と云って足下の若い男を見下ろした。
「少々痛い目は見せたしな」
・・・「少々」じゃねェェェ!!
ぼろ雑巾のような若い男の様に、誰もがそう突っ込んだ。恐いので、心の中で。
「・・・処罰する代わりに、引きずり回してたんですね」
周りに聞かれないよう、声を潜めて話す新八に合わせ、銀時も小声で、
「多分それだけじゃねえ。ちゃんと犯人捕まえたよ、こーゆーヤローだったんだよって吉原中に知らせるためにしたんだ」
月詠に引きずりまわされるこの若い男を見て、吉原の女達は胸を撫で下ろしたことだろう。もう誰も殺されない、と。口伝に聞くよりも、その目で犯人を捉えた方がずっと安心できる。
野次馬や百華たちは代わる代わる顔を見合わせた。月詠の言い分に、それなら致し方ないか、と納得の表情だ。
「でも月詠さん、この人、本当に幼女連続殺人事件の犯人なんですか?」
新八が尋ねた。
「間違いない」月詠は頷いた。「本人に確認を取った」
「でも、僕ら、さっき『女』って聞いたんですけど・・・・・・」
「女装しておった」
「はい?」
「この者、地上で事件を起こした時は、女装しておったんじゃ。わっちが見た時も、女の格好をしておった。おそらくは、幼子を少しでも警戒させないようにじゃろう」
あの花火大会の帰り。襲われていたのは「女」だと格好で判断した。襲っていた方も、おそらくそう勘違いしてただろう。
印象に残ったあの場で見た三人。襲っていた蟷螂顔の男は「金がない」と云っていた。ならば、吉原の女の金子に手を出していないのは、違和感がある。避けた拍子にぶつかった青年。あの青年は一瞬だが、確かに月詠の顔を見た。ならば、トレードマークとも云える顔の傷を目にしているはず。間違えて殺すなど有り得ない。
残ったのは「女」。元より違和感はあった。助けに入り、蟷螂顔の男の手から逃げ出した後。
何故「女」は月詠の方に逃げてこなかったのか。
助けてくれた方、それも大通りの方に逃げず、何故更に奥へと向かったのか。
また、月詠の顔を見ていない理由も判る。
見えなかったのだ。
あの時、車のライトが月詠の背後から強烈に照らしていた。だから、そこにいた二人は、眩しそうに月詠を見ていた。ずっと暗がりにいたのも相俟って、せいぜい輪郭しか捉えられなかっただろう。あとは、地面に伸びた影で判断するしかない。
更に奥へと逃げた「女」は物陰に身を潜め、月詠たちの様子を伺っていたと考えられる。顔が見えない月詠の特徴を少しでも多く掴むために、影からそれを掴もうと目を凝らしたに違いない。月詠が耳の上に指していた簪は特徴的な形をしていたので、だから影でそれを捉えることが可能だったろう。逆に、足元、足元の影は見えにくかった。足元のほうまで見るためには顔を大きく覗かせなければならず、そうしたら隠れて様子を伺っていることが月詠にバレてしまうかもしれない。
そもそもあの場でもみ合っていたのは、ひったくられた巾着を取り返そうとしていたからだろう。何せその中には、幼女殺しの凶器が入っていたのだから。決して他人の手に渡るわけにはいかなかったのだ。
「なるほど・・・。そうですか・・・」
「こやつは、少なくともあと一人、男も殺しているはずじゃ。口封じの為にな」
自分を狙ったのならば、間違いなくもみ合った蟷螂顔の男も殺しているはずだ。その男には、ばっちり顔を見られているのだから。まずはどこの誰とも判らない男を始末してから吉原に来たのだろう。その頃にはもう、月詠は着替えているとも知らずに。
影で捉えた特徴を頼りに、目撃者・月詠を探し歩き、そして似た影を見つけ――。
月詠は銀時に向き直った。
「ぬしのおかげで捕らえることができた。ぬしにはいつも助けられるな」
先程までの刺々しい殺気を霧消させ、一瞬だが柔らかい空気を醸し出した月詠に動揺し、銀時はああだかうんだか曖昧な返事を返すのみ。
「では、この者、頼んだぞ」
と言い置くと同時に、さっと手近な屋根の上に飛んだ。
「ちょっ・・・、オイ!!」
銀時の呼び声に答えず、月詠は隣の屋根に飛び移る。
「新八! コイツ連れてっとけ!」
銀時も屋根に飛びあがる。
「え、ちょっと、銀さん!?」
「お前も万事屋だろーが」
下でギャーギャー騒いでいるのを無視して、銀時もまた屋根伝いに月詠の後を追った。
月詠は他より一際高い大楼閣の屋根の上で、煙管をくゆらせていた。眼下にはいつもと変わらぬ世界が広がっている。
「・・・・・下手人を頼んだはずじゃが?」
少し離れた背後に着地した銀時に、振り返らず月詠は紫煙を細く吐いた。
「銀さんをご指名頂いた覚えはないんですけど」
「そうか。なら次からはきちんと指名しよう」
「構わねーが、俺は高いよ?」
と軽口を叩きながらゆっくりと近付く。月詠の横に並んだ銀時は「オイ」と声をかけた。
「手ェ見せてみろ」
ほれ、と云うように受け皿のようにした手の指をちょいちょいと動かす。
「――大丈夫じゃ」目を遣ることなく。「後で自分で手当てする」
「自分じゃ無理だろ。日輪にしてもらえ。そんで怒られろ」
と云いながら、手を伸ばしてぐいと月詠の手をとった。
「ぬしっ・・・」
「あー、見事にベロッといってんじゃねーか」
先程下手人を引きずった月詠は素手で縄を握っていた。大の男、しかも失神した男を引きずりまわしたのだから、無傷であるわけがない。案の定、手のひらの皮膚が破れている。
「とりあえずハンカチか何かで縛っとくか。お前、ハンカチ持ってない?」
「このままで構わぬ」
「いいわけあるか。悪化してクナイ握れなくなったら、お前しばらく休業だよ?」
「・・・・・・」
痛い所を付くのが巧い奴じゃ、と思いながら、月詠は空いている右手を袂に入れ、白いハンカチを取り出した。
半分に裂くぞと断ってから、銀時は二つにしたハンカチをそれぞれの手の傷口に当てて縛る。
「――すまん」
「オメー、素手で縄握ってたのはわざとだろーが」
月詠は返事をせず、視線を再び眼下に戻すと、煙管を口から離してふうと吐いた。
銀時も日の差す吉原に目を遣った。
「――オイ」下を見据えたまま。「お前のせいじゃねーぞ」
「・・・判っておる」
殆どため息だ。
「じゃが、少しでも何かが違っていれば、こうはならなかったかもしれぬ。・・・わっちが慣れぬ格好などしなければ」
「着替え止めた日輪と晴太が気にすんだろーが」
「わっちも泊めてもらっておけば」
「無理にでもオメーを休ませなかった百華の部下達が気にすんだろーが」
「そもそも花火大会に行かなければ」
「誘った俺らが気にすんだろーがオイ」
頬に青筋立てた銀時は、はあとため息を吐く月詠の方を向いた。
「じゃあ俺も云わせてもらいますけどね、俺がちゃんとお前がエレベーターに乗るまで見届けてれば、吉原で事件は起きなかったんじゃないですかァ? あー俺が悪いんだよ俺が」
開き直ったような言い方をした銀時に、「なっ・・・」と絶句して、月詠はようやく体ごと銀時の方に向いた。
「ぬしは悪くない。悪いのはわっちじゃ。いつもの簪をしておれば」
「だから、俺が一緒にその場にいりゃあ吉原では何も起こらなかったって云ってんだよ」
「エレベーターに乗る前にぬしを帰らせたのはわっちじゃ。わっちゃあのまますぐエレベーターに乗るつもりでありんした。乗らなかったのはたまたまじゃ」
「俺『家に帰るまでが花火大会だ』とか云ったよ? なのに問題なさそうだと判断して最後まで送らなかったよ? そのせいで吉原で三人も殺される事件が起こっちゃって、俺合わせる顔がないじゃん。どう考えても油断した俺が悪いじゃん」
「だから、ぬしは悪くないと云うておるじゃろーがっ」
「だったらオメーだって悪くないだろーがァ!」
何故だか口喧嘩に発展した。
「悪いのはわっちじゃ! あの時、油虫を見失わなければ良かったんじゃ!」
「だから俺がいたら捕まえてたかもしんねーだろ!」
「ぬしの手を借りずとも、あんな小者、わっちらの手で捕まえられていないのがやはり問題じゃ。逃げ足だけは本当に一級品じゃ」
「何したヤローなんだよ?」
「盗撮魔じゃ」月読は苦々しく吐き出す。「機密情報を狙うのではなく、ただ単純に遊女達を盗み撮りするだけじゃ。じゃが、いつか写してはならぬものを撮るかもしれん。そうなる前に、お灸を据えてやろうと思っておるのに、未だに捕まえられん」
「もしかして、三人目の被害者が出た時に現れてた曲者?」
「そうじゃ」眉間の皺が更に深くなる。「そやつを追った隙にまんまとやられたんじゃ」
「だったら、そいつだって悪いんじゃねーの?」
矛先が変わった。月詠は煙管の先で小さく円を描くようにくるりと動かした。
「タチが悪いのは間違いないがのう。わっちらが追っているのを知っていて、まだ吉原に来る」
「・・・・・・もしかして、知ってんのはそれだけ?」
「・・・かもしれんな」
「お前を撒いたことが事件の引き金になってることは知らずに」
「そうじゃな」
「三人目の被害者が出た原因の一端があるのも知らずに」
「そうじゃな」
「もしかしたら、事件があったことすら知らずに」
「そうかもしれんな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
全然悪くない月詠がメッチャ罪悪感を感じてるっつーのに、引き金になったヤローは罪悪感ゼロか。
全く関係のない銀時ですら後悔しているというのに、油虫はいい気なものじゃな。
ふつふつと怒りが込み上げてきた時、背後で誰かが軽やかに着地する音がした。
「頭ッ」百華の一人だった。「茶屋に油虫が来ました!」
「――そうか」部下に背を向けたまま。「すぐに行く」
「俺も手伝うわ」
ゆっくりと振り返った二人の燃え滾るような殺気を目の当たりにし、月詠の部下は息を呑んだ。
「いいタイミングで現れたのぅ」
「ゴキブリ駆除に行くか」
本気になった夜叉と死神の手から逃げられる者が、果たして存在するだろうか。
命があるだけ儲けもの。
翌日。
「というわけで、昨日の夕方からもうずっとそのニュースばっかりですよ」
新八が無事幼女連続殺人犯を警察に引き渡してから、地上ではそのニュースで溢れかえっていた。犯人の人物像や犯行方法、犯人を知る人物のインタビューなど、どこの局も似たり寄ったりではあったが。
「そうかい。これで地上も吉原も安心だね」
ひのやで報告を聞きながら、日輪は団子のおかわりを神楽の傍に置いた。空いた盆を膝に乗せ、茶を啜っている銀時の方に目を向けた。
「月詠から聞いたよ。銀さん、アンタ意外に探偵の素質があるね」
と褒めると、銀時は湯飲みから口を離して、空を見上げた。
「・・・全部判ったからって、それを全て口にする必要はねーんだよ。生き残ったヤツのことを考えて、口を噤むことも大切だ。それが出来なかった俺に素質はねーよ」
「でもねえ、銀さん」諭すように「被害者の選別理由を知らなければ、月詠はきっと下手人に聞き出してただろうよ。その口から聞くより、銀さんから聞いておけて良かったと私は思うよ」
「そうかね」
「そうですよ!」
「そうアル!」
新八と団子を両手に持つ神楽にも力強く肯定され、二人の方を向いた銀時はわずかに口元を緩めた。
そして「よし」と立ち上がる。
「じゃあそろそろ帰ェるわ」
「そうですね」と新八も立ち上がった。
「えっ、もう行くアルか?」
と神楽は慌てて団子を早食いし、あっという間に皿の上に串の山を築く。
「日輪さん、月詠さんにもよろしく伝えてください」
「ああ、判ったよ」
月詠は今は自室で眠っている。
ここしばらく碌に休まず働き通しだったので、事件が解決した今、ゆっくり休めと日輪や百華全員に懇願というより脅迫に近い感じで押し切られ、月詠は二~三日休日を取る事になっている。昨日油虫を捕まえ、休暇が決まった後は、ひのやで死んだように眠っていたが、日輪が朝起きると、月詠は起きていた。聞けば、夜中に目が覚めたので、そのまま溜まっていた書類仕事をこなしていたのだと言う。少しのつもりが、気が付けば朝になっていたので、朝餉を取ってきりのいい所まで書類を仕上げた後、少しだけと床に入った、その時間に万事屋一行が訪ねてきたのだった。
「そうそう、月詠といえばね」
と云って日輪は袂から細長い箱を取り出した。
「これ・・・、あの子の銀梅花の簪なんだけどね」
先程月詠が横になる前、日輪が湯飲みを持って月詠の部屋に行くと、中で人が動いている気配がなかった。寝たのかと思って、音を立てずに少しだけ襖を開けてみると、屑籠の前で細長い箱を手に、じっとそれを見つめている月詠がいた。捨てようか否かを迷い、決断できずにいるらしい。しばらく見ていたが、やはり決心が付かないようなので、日輪は部屋に入り、「扱いに困っているなら、一旦私に預からせとくれ」と引き取ったのだ。
「やっぱり月詠にとってみれば、これを挿してたせいでって思いがあるみたいでね、捨てようか悩んでたんだよ」
「えー。捨てることはないアル。簪もツッキーも悪くないネ。また使えばいいアルよ」
「確かにそうなんだけど、月詠さんにとってみればねえ、神楽ちゃん」
そうなんだよ、と日輪は頷いてから、
「私も困ってね。だからさ、これを一旦預けるから、どうしたらいいかを考えとくれ」
はい、と押し付けてくる日輪に、「いやいやいや」と一歩下がった銀時は、
「俺ら関係なくない? 月詠のなんだし、月詠の好きにしたらいいんじゃない?」
「その月詠が考えあぐねてるから、アンタたちに頼むんだよ」
はいじゃあ頼んだよ、とにっこりと笑う日輪に押し切られる形で渋々受け取り、三人はひのやを後にした。
地上へと繋がるエレベーターに向かう道すがら、銀時は手の中の細長い箱に目を落とした。
「銀さん、それどうします?」
「ツッキーにまた使うよう説得するネ!」
両側からの台詞には答えず、はあとひとつため息を吐く銀時。
「ったく。日輪のヤロー。何が『困って』だよ。『どうしたらいいか』判ってて俺らに押し付けてきてんじゃねーか。依頼料ふんだくってやるからな」
悪態をついた銀時に「えっ」と二人が声をあげる。
「そうなんですか?」
「どうすればいいネ?」
「要はな」箱を一振り。「これを挿してるのは月詠だって判るようにすりゃいいんだよ」
「あら、いらっしゃい」
店先で客を送り出した日輪は、歩いてくる万事屋一行に気がつき、笑顔を向けた。
腰を下ろした三人に茶と団子を出す。最後に新八に茶を手渡した日輪に、銀時が「ホラよ」と細長い箱を差し出した。
「こないだの簪だ。月詠に返しとけ」
しかし日輪は受け取らず、代わりに満面の笑顔を浮かべる。
「銀さんたちから渡しておいてもらえる?」
「オイオイ、又貸しみたいになってんのがバレるだろーが」
「大丈夫。月詠には話してあるから」
日輪は、なんと話したのか気になるようなにこにこ笑顔だ。本当に食えない。
「もうすぐ帰ってくると思う・・・・・・」と云いながら視線を外に向けた日輪は「おかえり月詠」
三人もそちらに視線を向ける。
「お帰りアル、ツッキー」
「お帰りなさい。見回りに行ってたんですか?」
「ああ」とひのやで寛ぐ万事屋の面々を見て、月詠は僅かに微笑んだ。
「よく来たな。ゆっくりして行きなんし」
その顔に疲労はないし、手の平の傷も大分癒えているようだ。またいつも通りの日常が戻ってきたのだろう。
「銀時?」ふと彼の手に目を留める。「その箱は・・・・・・」
日輪に差し出したままの箱。あっと思い、日輪の姿を探すとどこにもいない。いつの間にやら奥に引っ込んだようだ。
仕方ねえか、日輪からも云われたし、と諦め、銀時は「ホラ」と箱を月詠に向かって放り投げる。
「預かってた簪返すわ。ちゃんと使えよ」
箱をキャッチした月詠は、銀時の言葉に戸惑った。
「じゃが、これは・・・・・・」
「大丈夫ですよ、月詠さん」
呼ばれて視線を新八に向けると、優しい顔で月詠を見上げていた。
「その簪は、前のものとは違いますから」
「そうアル!」口いっぱいの団子を咀嚼して、ごっくんと飲み込んだ神楽がにかっと笑った。「とにかく開けてみるヨロシ」
促されて、よく判らないが云われた通りにぱかっと開けた。
「これは・・・」
手に取った。
「同じモンがあるから間違われたってんなら、同じモンがないよーにすりゃあいいんだろ」
首を掻きながら、銀時は投げやり気味に「答え」を教える。
「特別に誂えてもらったんですよ」
「世界にひとつだけネ!」
凛と咲き誇る銀梅花の下に、二つの細い鎖が下がっている。長さが小指ほどの方の先には紅玉が、中指ほどの方の鎖の先には紫玉が、可愛らしく揺れていた。
終
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
・ 洗ってから縛らないと、あまり意味がないと思うが、水がどうしても調達できなかった。
・ 日輪は銀さんが請求しようと思ってた以上の報酬を渡して、彼の言葉を詰まらせてると思う(笑)。
あとがき
ド直球のバリバリミステリでした。
今回は、①吉原から犯人を出さない ②犯人と被害者はナナシ・・・名無し という縛りを決めたせいで、あんな感じの話に。名前付けるって大切だなあ・・・。話が何かふわふわしてんの、そのせい? 幼女ゴロシに至っては、動機すら書いてないという。いいのかよ(笑)。
よく考えたら話の都合上大量殺人なんですが。一人で9人くらい殺してるよ。殺させすぎた。
最初はふつーに女性が犯人にするつもりでしたが、引きずるのは男の方がいいなあ、と思って、両立させるにはとあんな捻りが入りました。だから夏ではなく正月案もあって、そっちのが自然な部分もあったのですが、新年早々コロシがあるのはやだなあと思って却下。ちゅーかね、性別誤認はフツー名前を利用するモンなのに、その名前がねえっつーんで、男でも女でも使える三人称なんて(思いつか)なくて、苦肉の策で主語を超ぼやかすという暴挙。おかげでそこの文章違和感ありまくり。
あの、舞台がアレなので、「犯人」という単語と「下手人」という単語と、どちらを使えばいいのか悩んだ挙句、「適当に」使い分けてます。「幼女」も(笑)。
あと、グロ表現は抑えました。配慮(笑)。
銀さんを探偵役にしたかったので、推理のジャンプ力が超人的な気がしますが、まあ。
個人的には、一番探偵役に向いてるのは日輪だと思う。安楽椅子探偵な。
この話の銀月な裏話は本館?の「うさぎのみみ。」の5月31日付けの記事で語ってるので、興味ある方は「リンク」の「うさぎのみみ。」からジャンプしてください。
エレベーターの中で、新八がため息をついたが、不思議なもので、そう云う時に限って現れるのである。
吉原に辿り着いた二人が目にしたのは、大勢の人々が通りに出てきており、遠巻きに何かを見ている光景だった。その視線の先を追うと、縄でぐるぐるに縛った若い男を月詠が引きずりながら、こちらに歩いて来るところだった。
「オイ、月――」
呼びかけようとしたが、月詠の顔を見て、体が凍りついた。
緩く弧を描く眉、きつく結ばれた唇。普段より少し細められた目の中のふたつの双眸は、無感情そうに見えて奥で鋭さが見え隠れしている。疲労が溜まって青白くなった顔色は凄味三割増だ。無表情のようにも柳眉を逆立てているようにも見える違和感が、心をざわりと撫で、落ち着かなくさせる。それでまた、全身から狂気に近しい殺気と怒気を刺々しく立ち上らせているのが不思議と視認出来るのだ。あれが己に向けられたら死ぬ、と誰もが何故か確信を持って月詠を目で追っている。そんなに怖いのなら目を逸らせばよいのだが、視線を掌握されたかのように、外すことが出来ない。改めて百華の頭・死神太夫の恐ろしさを認識しながら、皆は月詠を凝視していた。
「何アレェェェェェェ!? あれなら般若の方が優しい顔してるよ!! もうアレ死神じゃないよ! 閻魔が自ら魂取りに地獄から出てきてるよ! 百華のヤツらもめっちゃ引いてるよォォォォ!!」
叫ぶ銀時の横で、新八が顔を引きつらせて絶句している。
ただただ前を見据えて、失神した若い男をひきずり回す百華の頭の姿に、誰もが圧倒され言葉を失い、目の前を通り過ぎるのを見送っていた。
「しかも、女じゃねーし! 男じゃん! 俺間違ってたの?」
「解りません」新八は割と冷静だ。「とにかく、付いてってみましょう」
二人の他にも、何だ何だと月詠の後を付いて行く者たちがそこそこいた。但し、距離は結構取っているが。
野次馬が段々と増えて、人だかりになってきた頃、吉原の中心で月詠はようやく足を止めた。
縄をぽいっと放り投げる。
引きずられていた若い男は、砂塵で薄汚れ、着物がボロボロになり、擦り傷を沢山拵えている。元々剥き出しの顔や手足は皮膚がずるりと剥けていた。
月詠は表情がない故冷たく感じる顔を、群集に向けた。
「――皆のもの」
大きな声を張り上げている訳でもないのに、月詠の声はよく響き渡った。
「ここしばらく吉原の女を次々手にかけていた下手人は、こうして捕まえんした」
事件を知っていた者も、知らない者も、傍の人間と顔を見合わせる。
「時間がかかって済まなかった。じゃが、こうして捕えた。もう大丈夫じゃ」
わっと歓声があがる。
それで、ようやく月詠はふっと表情を緩めた。哀しさ混じりに。
「頭。では、この男は・・・」
「万事屋!」
傍らに膝を付いた部下ではなく、人ごみに紛れていた銀時と新八に声をかけた。
「おるんじゃろう?」
指名されて、おずおすと前まで出る。
「依頼じゃ。――この男を地上に連れて行きなんし」
「頭ッ!?」
吉原を荒らした者は処罰してきた。吉原の住人を次々殺した若い男を、何もせずに放り出すなど、前例がなければ、示しもつかない。
何故と問う百華、野次馬たちに、月詠は凛と答える。
「この男は、地上でも事件を起こしておる。ここで手を下したいのは山々じゃが、それでは地上で幼い娘を持つ親たちがいつまで経っても安心できん。地上での事件も、下手人が捕まった、と知らせて安心させるべきじゃ」
「・・・・・」
「月詠さん・・・」
「頭・・・」
月詠は「それに」と云って足下の若い男を見下ろした。
「少々痛い目は見せたしな」
・・・「少々」じゃねェェェ!!
ぼろ雑巾のような若い男の様に、誰もがそう突っ込んだ。恐いので、心の中で。
「・・・処罰する代わりに、引きずり回してたんですね」
周りに聞かれないよう、声を潜めて話す新八に合わせ、銀時も小声で、
「多分それだけじゃねえ。ちゃんと犯人捕まえたよ、こーゆーヤローだったんだよって吉原中に知らせるためにしたんだ」
月詠に引きずりまわされるこの若い男を見て、吉原の女達は胸を撫で下ろしたことだろう。もう誰も殺されない、と。口伝に聞くよりも、その目で犯人を捉えた方がずっと安心できる。
野次馬や百華たちは代わる代わる顔を見合わせた。月詠の言い分に、それなら致し方ないか、と納得の表情だ。
「でも月詠さん、この人、本当に幼女連続殺人事件の犯人なんですか?」
新八が尋ねた。
「間違いない」月詠は頷いた。「本人に確認を取った」
「でも、僕ら、さっき『女』って聞いたんですけど・・・・・・」
「女装しておった」
「はい?」
「この者、地上で事件を起こした時は、女装しておったんじゃ。わっちが見た時も、女の格好をしておった。おそらくは、幼子を少しでも警戒させないようにじゃろう」
あの花火大会の帰り。襲われていたのは「女」だと格好で判断した。襲っていた方も、おそらくそう勘違いしてただろう。
印象に残ったあの場で見た三人。襲っていた蟷螂顔の男は「金がない」と云っていた。ならば、吉原の女の金子に手を出していないのは、違和感がある。避けた拍子にぶつかった青年。あの青年は一瞬だが、確かに月詠の顔を見た。ならば、トレードマークとも云える顔の傷を目にしているはず。間違えて殺すなど有り得ない。
残ったのは「女」。元より違和感はあった。助けに入り、蟷螂顔の男の手から逃げ出した後。
何故「女」は月詠の方に逃げてこなかったのか。
助けてくれた方、それも大通りの方に逃げず、何故更に奥へと向かったのか。
また、月詠の顔を見ていない理由も判る。
見えなかったのだ。
あの時、車のライトが月詠の背後から強烈に照らしていた。だから、そこにいた二人は、眩しそうに月詠を見ていた。ずっと暗がりにいたのも相俟って、せいぜい輪郭しか捉えられなかっただろう。あとは、地面に伸びた影で判断するしかない。
更に奥へと逃げた「女」は物陰に身を潜め、月詠たちの様子を伺っていたと考えられる。顔が見えない月詠の特徴を少しでも多く掴むために、影からそれを掴もうと目を凝らしたに違いない。月詠が耳の上に指していた簪は特徴的な形をしていたので、だから影でそれを捉えることが可能だったろう。逆に、足元、足元の影は見えにくかった。足元のほうまで見るためには顔を大きく覗かせなければならず、そうしたら隠れて様子を伺っていることが月詠にバレてしまうかもしれない。
そもそもあの場でもみ合っていたのは、ひったくられた巾着を取り返そうとしていたからだろう。何せその中には、幼女殺しの凶器が入っていたのだから。決して他人の手に渡るわけにはいかなかったのだ。
「なるほど・・・。そうですか・・・」
「こやつは、少なくともあと一人、男も殺しているはずじゃ。口封じの為にな」
自分を狙ったのならば、間違いなくもみ合った蟷螂顔の男も殺しているはずだ。その男には、ばっちり顔を見られているのだから。まずはどこの誰とも判らない男を始末してから吉原に来たのだろう。その頃にはもう、月詠は着替えているとも知らずに。
影で捉えた特徴を頼りに、目撃者・月詠を探し歩き、そして似た影を見つけ――。
月詠は銀時に向き直った。
「ぬしのおかげで捕らえることができた。ぬしにはいつも助けられるな」
先程までの刺々しい殺気を霧消させ、一瞬だが柔らかい空気を醸し出した月詠に動揺し、銀時はああだかうんだか曖昧な返事を返すのみ。
「では、この者、頼んだぞ」
と言い置くと同時に、さっと手近な屋根の上に飛んだ。
「ちょっ・・・、オイ!!」
銀時の呼び声に答えず、月詠は隣の屋根に飛び移る。
「新八! コイツ連れてっとけ!」
銀時も屋根に飛びあがる。
「え、ちょっと、銀さん!?」
「お前も万事屋だろーが」
下でギャーギャー騒いでいるのを無視して、銀時もまた屋根伝いに月詠の後を追った。
月詠は他より一際高い大楼閣の屋根の上で、煙管をくゆらせていた。眼下にはいつもと変わらぬ世界が広がっている。
「・・・・・下手人を頼んだはずじゃが?」
少し離れた背後に着地した銀時に、振り返らず月詠は紫煙を細く吐いた。
「銀さんをご指名頂いた覚えはないんですけど」
「そうか。なら次からはきちんと指名しよう」
「構わねーが、俺は高いよ?」
と軽口を叩きながらゆっくりと近付く。月詠の横に並んだ銀時は「オイ」と声をかけた。
「手ェ見せてみろ」
ほれ、と云うように受け皿のようにした手の指をちょいちょいと動かす。
「――大丈夫じゃ」目を遣ることなく。「後で自分で手当てする」
「自分じゃ無理だろ。日輪にしてもらえ。そんで怒られろ」
と云いながら、手を伸ばしてぐいと月詠の手をとった。
「ぬしっ・・・」
「あー、見事にベロッといってんじゃねーか」
先程下手人を引きずった月詠は素手で縄を握っていた。大の男、しかも失神した男を引きずりまわしたのだから、無傷であるわけがない。案の定、手のひらの皮膚が破れている。
「とりあえずハンカチか何かで縛っとくか。お前、ハンカチ持ってない?」
「このままで構わぬ」
「いいわけあるか。悪化してクナイ握れなくなったら、お前しばらく休業だよ?」
「・・・・・・」
痛い所を付くのが巧い奴じゃ、と思いながら、月詠は空いている右手を袂に入れ、白いハンカチを取り出した。
半分に裂くぞと断ってから、銀時は二つにしたハンカチをそれぞれの手の傷口に当てて縛る。
「――すまん」
「オメー、素手で縄握ってたのはわざとだろーが」
月詠は返事をせず、視線を再び眼下に戻すと、煙管を口から離してふうと吐いた。
銀時も日の差す吉原に目を遣った。
「――オイ」下を見据えたまま。「お前のせいじゃねーぞ」
「・・・判っておる」
殆どため息だ。
「じゃが、少しでも何かが違っていれば、こうはならなかったかもしれぬ。・・・わっちが慣れぬ格好などしなければ」
「着替え止めた日輪と晴太が気にすんだろーが」
「わっちも泊めてもらっておけば」
「無理にでもオメーを休ませなかった百華の部下達が気にすんだろーが」
「そもそも花火大会に行かなければ」
「誘った俺らが気にすんだろーがオイ」
頬に青筋立てた銀時は、はあとため息を吐く月詠の方を向いた。
「じゃあ俺も云わせてもらいますけどね、俺がちゃんとお前がエレベーターに乗るまで見届けてれば、吉原で事件は起きなかったんじゃないですかァ? あー俺が悪いんだよ俺が」
開き直ったような言い方をした銀時に、「なっ・・・」と絶句して、月詠はようやく体ごと銀時の方に向いた。
「ぬしは悪くない。悪いのはわっちじゃ。いつもの簪をしておれば」
「だから、俺が一緒にその場にいりゃあ吉原では何も起こらなかったって云ってんだよ」
「エレベーターに乗る前にぬしを帰らせたのはわっちじゃ。わっちゃあのまますぐエレベーターに乗るつもりでありんした。乗らなかったのはたまたまじゃ」
「俺『家に帰るまでが花火大会だ』とか云ったよ? なのに問題なさそうだと判断して最後まで送らなかったよ? そのせいで吉原で三人も殺される事件が起こっちゃって、俺合わせる顔がないじゃん。どう考えても油断した俺が悪いじゃん」
「だから、ぬしは悪くないと云うておるじゃろーがっ」
「だったらオメーだって悪くないだろーがァ!」
何故だか口喧嘩に発展した。
「悪いのはわっちじゃ! あの時、油虫を見失わなければ良かったんじゃ!」
「だから俺がいたら捕まえてたかもしんねーだろ!」
「ぬしの手を借りずとも、あんな小者、わっちらの手で捕まえられていないのがやはり問題じゃ。逃げ足だけは本当に一級品じゃ」
「何したヤローなんだよ?」
「盗撮魔じゃ」月読は苦々しく吐き出す。「機密情報を狙うのではなく、ただ単純に遊女達を盗み撮りするだけじゃ。じゃが、いつか写してはならぬものを撮るかもしれん。そうなる前に、お灸を据えてやろうと思っておるのに、未だに捕まえられん」
「もしかして、三人目の被害者が出た時に現れてた曲者?」
「そうじゃ」眉間の皺が更に深くなる。「そやつを追った隙にまんまとやられたんじゃ」
「だったら、そいつだって悪いんじゃねーの?」
矛先が変わった。月詠は煙管の先で小さく円を描くようにくるりと動かした。
「タチが悪いのは間違いないがのう。わっちらが追っているのを知っていて、まだ吉原に来る」
「・・・・・・もしかして、知ってんのはそれだけ?」
「・・・かもしれんな」
「お前を撒いたことが事件の引き金になってることは知らずに」
「そうじゃな」
「三人目の被害者が出た原因の一端があるのも知らずに」
「そうじゃな」
「もしかしたら、事件があったことすら知らずに」
「そうかもしれんな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
全然悪くない月詠がメッチャ罪悪感を感じてるっつーのに、引き金になったヤローは罪悪感ゼロか。
全く関係のない銀時ですら後悔しているというのに、油虫はいい気なものじゃな。
ふつふつと怒りが込み上げてきた時、背後で誰かが軽やかに着地する音がした。
「頭ッ」百華の一人だった。「茶屋に油虫が来ました!」
「――そうか」部下に背を向けたまま。「すぐに行く」
「俺も手伝うわ」
ゆっくりと振り返った二人の燃え滾るような殺気を目の当たりにし、月詠の部下は息を呑んだ。
「いいタイミングで現れたのぅ」
「ゴキブリ駆除に行くか」
本気になった夜叉と死神の手から逃げられる者が、果たして存在するだろうか。
命があるだけ儲けもの。
翌日。
「というわけで、昨日の夕方からもうずっとそのニュースばっかりですよ」
新八が無事幼女連続殺人犯を警察に引き渡してから、地上ではそのニュースで溢れかえっていた。犯人の人物像や犯行方法、犯人を知る人物のインタビューなど、どこの局も似たり寄ったりではあったが。
「そうかい。これで地上も吉原も安心だね」
ひのやで報告を聞きながら、日輪は団子のおかわりを神楽の傍に置いた。空いた盆を膝に乗せ、茶を啜っている銀時の方に目を向けた。
「月詠から聞いたよ。銀さん、アンタ意外に探偵の素質があるね」
と褒めると、銀時は湯飲みから口を離して、空を見上げた。
「・・・全部判ったからって、それを全て口にする必要はねーんだよ。生き残ったヤツのことを考えて、口を噤むことも大切だ。それが出来なかった俺に素質はねーよ」
「でもねえ、銀さん」諭すように「被害者の選別理由を知らなければ、月詠はきっと下手人に聞き出してただろうよ。その口から聞くより、銀さんから聞いておけて良かったと私は思うよ」
「そうかね」
「そうですよ!」
「そうアル!」
新八と団子を両手に持つ神楽にも力強く肯定され、二人の方を向いた銀時はわずかに口元を緩めた。
そして「よし」と立ち上がる。
「じゃあそろそろ帰ェるわ」
「そうですね」と新八も立ち上がった。
「えっ、もう行くアルか?」
と神楽は慌てて団子を早食いし、あっという間に皿の上に串の山を築く。
「日輪さん、月詠さんにもよろしく伝えてください」
「ああ、判ったよ」
月詠は今は自室で眠っている。
ここしばらく碌に休まず働き通しだったので、事件が解決した今、ゆっくり休めと日輪や百華全員に懇願というより脅迫に近い感じで押し切られ、月詠は二~三日休日を取る事になっている。昨日油虫を捕まえ、休暇が決まった後は、ひのやで死んだように眠っていたが、日輪が朝起きると、月詠は起きていた。聞けば、夜中に目が覚めたので、そのまま溜まっていた書類仕事をこなしていたのだと言う。少しのつもりが、気が付けば朝になっていたので、朝餉を取ってきりのいい所まで書類を仕上げた後、少しだけと床に入った、その時間に万事屋一行が訪ねてきたのだった。
「そうそう、月詠といえばね」
と云って日輪は袂から細長い箱を取り出した。
「これ・・・、あの子の銀梅花の簪なんだけどね」
先程月詠が横になる前、日輪が湯飲みを持って月詠の部屋に行くと、中で人が動いている気配がなかった。寝たのかと思って、音を立てずに少しだけ襖を開けてみると、屑籠の前で細長い箱を手に、じっとそれを見つめている月詠がいた。捨てようか否かを迷い、決断できずにいるらしい。しばらく見ていたが、やはり決心が付かないようなので、日輪は部屋に入り、「扱いに困っているなら、一旦私に預からせとくれ」と引き取ったのだ。
「やっぱり月詠にとってみれば、これを挿してたせいでって思いがあるみたいでね、捨てようか悩んでたんだよ」
「えー。捨てることはないアル。簪もツッキーも悪くないネ。また使えばいいアルよ」
「確かにそうなんだけど、月詠さんにとってみればねえ、神楽ちゃん」
そうなんだよ、と日輪は頷いてから、
「私も困ってね。だからさ、これを一旦預けるから、どうしたらいいかを考えとくれ」
はい、と押し付けてくる日輪に、「いやいやいや」と一歩下がった銀時は、
「俺ら関係なくない? 月詠のなんだし、月詠の好きにしたらいいんじゃない?」
「その月詠が考えあぐねてるから、アンタたちに頼むんだよ」
はいじゃあ頼んだよ、とにっこりと笑う日輪に押し切られる形で渋々受け取り、三人はひのやを後にした。
地上へと繋がるエレベーターに向かう道すがら、銀時は手の中の細長い箱に目を落とした。
「銀さん、それどうします?」
「ツッキーにまた使うよう説得するネ!」
両側からの台詞には答えず、はあとひとつため息を吐く銀時。
「ったく。日輪のヤロー。何が『困って』だよ。『どうしたらいいか』判ってて俺らに押し付けてきてんじゃねーか。依頼料ふんだくってやるからな」
悪態をついた銀時に「えっ」と二人が声をあげる。
「そうなんですか?」
「どうすればいいネ?」
「要はな」箱を一振り。「これを挿してるのは月詠だって判るようにすりゃいいんだよ」
「あら、いらっしゃい」
店先で客を送り出した日輪は、歩いてくる万事屋一行に気がつき、笑顔を向けた。
腰を下ろした三人に茶と団子を出す。最後に新八に茶を手渡した日輪に、銀時が「ホラよ」と細長い箱を差し出した。
「こないだの簪だ。月詠に返しとけ」
しかし日輪は受け取らず、代わりに満面の笑顔を浮かべる。
「銀さんたちから渡しておいてもらえる?」
「オイオイ、又貸しみたいになってんのがバレるだろーが」
「大丈夫。月詠には話してあるから」
日輪は、なんと話したのか気になるようなにこにこ笑顔だ。本当に食えない。
「もうすぐ帰ってくると思う・・・・・・」と云いながら視線を外に向けた日輪は「おかえり月詠」
三人もそちらに視線を向ける。
「お帰りアル、ツッキー」
「お帰りなさい。見回りに行ってたんですか?」
「ああ」とひのやで寛ぐ万事屋の面々を見て、月詠は僅かに微笑んだ。
「よく来たな。ゆっくりして行きなんし」
その顔に疲労はないし、手の平の傷も大分癒えているようだ。またいつも通りの日常が戻ってきたのだろう。
「銀時?」ふと彼の手に目を留める。「その箱は・・・・・・」
日輪に差し出したままの箱。あっと思い、日輪の姿を探すとどこにもいない。いつの間にやら奥に引っ込んだようだ。
仕方ねえか、日輪からも云われたし、と諦め、銀時は「ホラ」と箱を月詠に向かって放り投げる。
「預かってた簪返すわ。ちゃんと使えよ」
箱をキャッチした月詠は、銀時の言葉に戸惑った。
「じゃが、これは・・・・・・」
「大丈夫ですよ、月詠さん」
呼ばれて視線を新八に向けると、優しい顔で月詠を見上げていた。
「その簪は、前のものとは違いますから」
「そうアル!」口いっぱいの団子を咀嚼して、ごっくんと飲み込んだ神楽がにかっと笑った。「とにかく開けてみるヨロシ」
促されて、よく判らないが云われた通りにぱかっと開けた。
「これは・・・」
手に取った。
「同じモンがあるから間違われたってんなら、同じモンがないよーにすりゃあいいんだろ」
首を掻きながら、銀時は投げやり気味に「答え」を教える。
「特別に誂えてもらったんですよ」
「世界にひとつだけネ!」
凛と咲き誇る銀梅花の下に、二つの細い鎖が下がっている。長さが小指ほどの方の先には紅玉が、中指ほどの方の鎖の先には紫玉が、可愛らしく揺れていた。
終
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
・ 洗ってから縛らないと、あまり意味がないと思うが、水がどうしても調達できなかった。
・ 日輪は銀さんが請求しようと思ってた以上の報酬を渡して、彼の言葉を詰まらせてると思う(笑)。
あとがき
ド直球のバリバリミステリでした。
今回は、①吉原から犯人を出さない ②犯人と被害者はナナシ・・・名無し という縛りを決めたせいで、あんな感じの話に。名前付けるって大切だなあ・・・。話が何かふわふわしてんの、そのせい? 幼女ゴロシに至っては、動機すら書いてないという。いいのかよ(笑)。
よく考えたら話の都合上大量殺人なんですが。一人で9人くらい殺してるよ。殺させすぎた。
最初はふつーに女性が犯人にするつもりでしたが、引きずるのは男の方がいいなあ、と思って、両立させるにはとあんな捻りが入りました。だから夏ではなく正月案もあって、そっちのが自然な部分もあったのですが、新年早々コロシがあるのはやだなあと思って却下。ちゅーかね、性別誤認はフツー名前を利用するモンなのに、その名前がねえっつーんで、男でも女でも使える三人称なんて(思いつか)なくて、苦肉の策で主語を超ぼやかすという暴挙。おかげでそこの文章違和感ありまくり。
あの、舞台がアレなので、「犯人」という単語と「下手人」という単語と、どちらを使えばいいのか悩んだ挙句、「適当に」使い分けてます。「幼女」も(笑)。
あと、グロ表現は抑えました。配慮(笑)。
銀さんを探偵役にしたかったので、推理のジャンプ力が超人的な気がしますが、まあ。
個人的には、一番探偵役に向いてるのは日輪だと思う。安楽椅子探偵な。
この話の銀月な裏話は本館?の「うさぎのみみ。」の5月31日付けの記事で語ってるので、興味ある方は「リンク」の「うさぎのみみ。」からジャンプしてください。
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