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タイトル通り。オマケ的な。
がっつり赤×黄な話なので、苦手なヒトはスルーでお願いします。
夕餉が済み、食後の茶を啜っていると、どたどたと騒々しい足音が近付いてきた。予測済みだったので、ああやっと来たか、と思いながら丈瑠は湯飲みに口をつけていた。傍らの彦馬は僅かに口元を緩め、湯飲みを置いた。
「殿さま!」
今朝発って行った時にはなかった大きな袋と荷物を抱えたことはが、息を切らしながら奥座敷に飛び込んできた。一年ほど共に暮らしていたが、ことはがここまでの勢いで駆け込んできたことは一度もない。
「お姉ちゃんが『花織』を継ぐってホンマですか!?」
一気に喋った後、ごほごほと咳き込んだ。「大丈夫か」と彦馬がことはの傍に寄る。ことはは「大丈夫です」と云いながらもなお咳き込んでいる。黒子がさっと水の入ったコップを差し出した。
ことはが水を飲み干し、一息つくのを待って、丈瑠は湯飲みをコトリと置いた。
「本当だ」
丈瑠の肯定に、ことはは「何で……?」と云ったきり絶句する。
混乱しているのだろう。
姉が結婚する。その姉が「花織」を継ぎ、次のシンケンイエローを育てる。志葉家当主はそれを了承済み。
目出度い話と共に、侍としての任務完了お役御免をいきなり云い渡されたのだ。混乱しない方がどうかしている。
「ことは」
縋るような目をして自分を見ていることはに、丈瑠はいつもの落ち着いた声で呼びかける。
「食事は済ませてあるのか?」
全く違うことを聞かれ、ことはは「え…?」と瞬きを数回してから、「まだですけど……」と首を振った。
「ならば先に食事を取れ。話はその後だ」
それだけ云って、丈瑠は席を立った。
「食事が済んだら俺の部屋に来い」
立ち去る当主を呆然と見送ることは。そんな彼女を慮って、彦馬がことはの肩に優しく手を置いた。
「話が長くなるやもしれぬと思っての、殿のご配慮だ。食欲は感じないかもしれないが、先に食事を取りなさい」
「はい……」
彦馬が黒子に声をかけると、すぐに膳が運ばれてきた。
誰も自分の登場に驚かないこと、自分の膳がすぐ運ばれてきたこと。頭の中がぐちゃぐちゃになっていることはには、その不自然さに気付かない。尤も、普段でも気付いたかどうかは疑わしいが。
混乱していることはは、ただ機械的に箸を口に運んだ。
「殿さま。ことはです」
「入れ」
許可が下りてから、ことはは丈瑠の部屋の障子をすいと開いた。
丈瑠は座卓に向かい、何か書き記していた。筆を置き、ことはの方に体ごと向く。
ことはは正座をして対面した。
ことはを見て、様子がおかしいと丈瑠は思った。先程とは打って違って、とても沈んでいる。食事を取らせて少し落ち着かせようと思ったのだが、どうも「落ち着いた」という感じではない。
「殿さま、お姉ちゃんが『花織』を継いで、次のシンケンイエローを育てることに了承しはったって、ホンマですか?」
ウソですよね?
そんな泣きそうな瞳で見つめられ、つい「嘘だ」と答えてしまいそうになる気持ちを押さえ、頷いた。
「本当だ」
ことはの顔が一瞬歪んだ。すぐに伏せられ、膝の上の両手がぎゅっと強く握られる。
「そう…ですか……」
ぱた。ぱたぱた。
拳の上に涙が落ちている。さすがに丈瑠は慌てた。
「ことはっ」
「あ、すみません」
ことはは袖で目をぐいっと拭う。そしてまだ目尻に涙が残ってる顔で無理に笑った。
「そうですよね。うちよりもお姉ちゃんのがしっかりしてるし。うちが次のシンケンイエローを育てるより、ずっええですよね。元々うちはお姉ちゃんの代わりやったわけやし」
「そうじゃない!」
思わず声を荒げた丈瑠に、珍しさも手伝ってことははびくりと体を震わせた。
「そうではない、ことは」
丈瑠は心の中で嘆息した。
食事を取って落ち着かせるつもりが、ことはは熟考し、結果「自分はもういらない」という結論を導き出してしまっていた。
「やって、普通はシンケンジャーを努めた者が次のシンケンジャーを育てますよね? ちゃいますか、殿さま……」
また泣き出しそうなことは。丈瑠はじっと彼女を見つめる。
「確かに大抵はそうだ。だが、ことは。お前の姉は、何故自分が『花織』を継ぐか、云わなかったか?」
問われてことはは記憶を辿る。微笑んだ姉は何と云っていたか。
うちが『花織』を継ぐから。ことはは――。
「…うちは、好きな人と結婚しい、って……」
「そうだ」内心ホッとしつつ、丈瑠は頷いた。「お前の姉はそれを望んだ。だから己が『花織』を継ぐことにした。そして、俺はそれを許した」
決してお前が次代を育てるのに力不足だと思うからではない、と丈瑠は静かに伝えた。
「せやけど……」
まだ納得しきれないことはに、丈瑠は諭すよう続ける。
「先祖代々外道衆と戦っている俺たちが理解ある伴侶を得るのは難しい。身内での婚姻が多いのはその為だ。その点、お前の姉の相手はシンケンジャーをよく知っていると云う。『花織』に入ることを厭わないというなら有り難い」
そう云われれば、とことははハッとした。何も知らない人に対し、子供を将来シンケンジャーになるよう育てることに理解を得るのは難しい。シンケンジャーとは、信じられないほど特殊な存在なのだ。
だが、みつばの結婚相手は幼馴染で、小さい頃から「花織」に接していたため、シンケンジャーに理解がある。みつばは侍として育てられてきたし、シンケンイエローの後継者を育てるには申し分ない。
丈瑠はそう判断したのだろう。
「理解できました」
そう云いながらもことははまだ少し翳りのある表情をしている。
「お姉ちゃんたちがおるから、うちは誰と結婚してもかまへんということですね。結婚して、侍ではなくなってもええと……」
外道衆と戦う血筋から離れる。姉夫婦に不測の事態が起こらない限り、自分はその束縛から放たれる。
しかし、姉の代わりに侍になると決まった時も、厳しかった修行の時も、勿論外道衆と戦っていた時も、一度たりとも「『花織』に生まれたくなかった」と思ったことのないことはには、それは逆に己のアイデンティティのひとつをもがれるような感覚に陥った。
ことはを思ってのみつばの決断だったが、それは成功していない。ことはが「普通の誰か」と結婚する、と考えている限りは。
そんなことはの様子を見て、丈瑠はかつての自分を思い出した。本物の志葉家当主が現れ、影武者だった自分はお役御免となった時のことを。
シンケンジャーだった者にとって、それから切り離されるというのはかなり辛いものなのかもしれないな。
目を閉じ、そんなことを考えた。
しかし、違う。ことはは違うのだ。
「いっそずっと独りでおろうかな…」
「それは困る」
ことはの呟きに、目を開いた丈瑠が異を立てる。ことはが顔を上げた。何で?というように小首を傾げる。
「ことは」
はい、とことはが見返す。丈瑠はさらりと云った。
「俺の所へ来い」
きょとん。
ことははその単語がぴったりな表情をした。丈瑠はことはが何と云うか、黙って見つめている。ただ、ことはの表情が気になった。これは何というか――。
と、ことはが立ち上がり、とてとて歩いて、丈瑠の目の前まで来、すとんと腰を下ろした。
「これでええですか、殿さま?」
脱力した。
思わず丈瑠は額に手をあてていた。
きょとんとしていたのは、「一瞬何を云われたのか判らなかった」からではなく、「何故そんなことを云うのか判らなかった」からだ。
言葉足らずだった、と心の中でため息をつきつつ、目の前で不思議そうにしていることはに今一度向き合った。
「俺の所へ嫁に来い、ことは」
「えっ?」
目をぱちくりさせ、頭の中でもう一度今の言葉を反芻し――。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
ことはの絶叫が屋敷を震わせた。
それを耳にした黒子たちは「何だ!?」「さあ?」「何だろうね」とジェスチャーで会話した後、何事もなかったように再び手を動かし、部屋で書物を読んでいた彦馬は「ああ、殿が求婚なさったな」と一人微笑み、再び活字に目を落としていた。
「ことはっ…」
そんな大音声を間近で聞いた丈瑠は少し顔を顰めた。
「あっ、す、すみません、殿さま!」
慌てて少し下がって土下座する。額を畳につけた姿勢のまま、ことはは「あのっ、そのっ、えとっ」と口ごもってから、
「あの…そんな恐れ多いです。うちなんか……。殿さまにはうちよりももっと相応しい相手がおります! 茉子ちゃんとか」
予想通りの反応だな、と丈瑠は思いながら、顔を上げるよう指示する。
ことはは恐る恐る上体を起こし、上目遣いに丈瑠の様子を伺っている。
「お前はいつも自分を過小評価しているな」
頭にぽんと優しく手を置かれた。大好きな大きくて暖かい手を。
「お前だって立派にシンケンイエローを努めただろう。皆もお前の笑顔に癒されていた。相応しくないことなどない」
「せやけどっ……」
「ことは。正直に答えろ」丈瑠はことはを遮り、「俺に嫁に来いと云われて、嬉しいと思ったか、それとも迷惑だと思ったか」
「迷惑やなんて、そんなこと!」
ことはは両手を横にぶんぶん振って否定した後、俯き赤くなりながら答えた。
「……嬉しかったです」
「そうか」
丈瑠は頬を緩める。ことはは未だ「ホンマにうちでええんやろか…」と恐縮顔だったが、ふと顔を上げた。
「あ、やから、せやから、お姉ちゃんが『花織』を継ぐって云うたんですか?」
「どうも、そうらしいな」
丈瑠を引っ掛けてことはへの気持ちを吐き出させたが、「花織」を継ぎたいという話を持ってきた始めから、全てを把握済みだったような気がする。手の上で転がされたような感じもするが、不快な気分はない。みつばが配慮して「花織」を継ぐと云わなければ、丈瑠がことはを伴侶にと望んでも実現は難しかったかもしれないのだ。
「お姉ちゃん……」
姉の思いをようやく汲み取ることが出来、ことはは涙ぐんだ。
「妹思いの優しい姉だな」
「はい」
ことはの涙を指で払った。そして凛とした声で名を呼ぶ。
「ことは」
呼ばれてことはは姿勢を正す。
「『花織』ではなくなるが、お前は侍の家系のままだ。構わんな?」
「はい」三つ指を付き、「末永くよろしくお願いします」
顔を上げたことはと丈瑠の目が合い、片やにっこりと、片やほんの少し、笑った。
とは云っても、やはりすぐ嫁入るわけではなく。
「ほな、今度こそ、お世話になりました」
「うむ。気をつけて帰るのだぞ」
翌朝、再び丈瑠や彦馬たちに見送られ、ことはは帰路に着く。
「殿さま」丈瑠に向かい、「うち、もっと色々習ってきます。少しでも殿さまに吊り合うように」
またそんなことを、とも思ったが、己を磨くというならどういう理由でも良いか、と思い直し、丈瑠はひとつ頷いた。彦馬は楽しそうに笑う。
「花嫁修業か。頑張るのだぞ、ことは」
はい!と元気よく返事をしてから、ことはは「また来ます」と手を振りながら駅に向かっていった。
ことはが見えなくなるまで手を振った彦馬は、手を下ろすとふうと一息ついた。
「やれやれ。これから家老や重臣たちを集めて詳説せねばなりませんな」
当主が花織の次女を娶る予定である。その為、「花織」は花織の長女が継ぐ、という、みつばが創り上げたその形式を。
当主が伴侶に花織の娘を選んだというのに異を唱える者がいるかもしれない。正当な志葉家の血筋である18代目と元は侍の血筋ですらなかった19代目現当主と、どちらの子を次期当主にするのかという気の早い話も出るやもしれぬ。骨の折れる仕事になることは間違いない。
「…その割に顔は楽しそうだな」
「それは勿論」はっはっはと呵呵大笑する彦馬。「まずはこれにて一件落着、というところでしょう」
「そうだな」
つられて丈瑠も口元を緩めた。
終わらせる
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